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暦注

十干 (じっかん)

十干とは甲(こう、きのえ)・乙(おつ、きのと)・丙(へい、ひのえ)・丁(てい、ひのと)・戊(ぼ、つちのえ)・己(き、つちのと)・庚(こう、かのえ)・辛(しん、かのと)・壬(じん、みずのえ)・癸(き、みずのと)の総称で、もともとは日の順序を示すための符号だったと考えられています。1ヶ月を上旬・中旬・下旬の3つに分けた場合の、一旬(十日間)の一日一日を示す数詞でした。第一日目を甲、二日目を乙…と数えていくために用いられていたわけです。十という数字は物事を分割するのに都合が良いので、十干は大変便利だったことでしょう。

十二支 (じゅうにし)

子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・・・という十二支は、今から三千年以上も昔の中国の殷(いん)王朝の時代に、すでに用いられていました。その頃は1,2,3・・・という数字を使うのと同じように、物ごとを分類するときの記号として使われており、動物を表すものではありませんでした。数百年の後に、子、丑、寅・・・では覚えにくいため、子を鼠(ねずみ)、丑を牛、寅を虎にあてはめるようになったのです。
十二支の古い書体を見ると、卯と兎の耳、巳と蛇のとぐろを巻いた姿など、かたちが似ているものもあります。

ちゅう いん ぼう しん しん ゆう じゅつ がい
うし とら たつ うま ひつじ さる とり いぬ

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十干十二支 (じっかんじゅうにし) / 干支 (えと)

十干も十二支も、はじめは別々に用いられていたものですが、中国の殷の頃から、この十と十二が組み合わされて、その最小公倍数である「60」の周期で年、月、日を数えるのに用いられました。
十干と十二支を組み合わせると甲子から癸亥まで60個の干支ができます。これを、干支・十干十二支・六十干支・六十花甲子、「えと」あるいは甲子(かっし)と呼んでいます。 歴史的には、干支は日よりも年に対して重要でした。
よく知られているところでは、天武天皇即位の際の内乱は、その年の干支をとって「壬申(じんしん)の乱」(672年)と呼ばれますし、明治維新の際の戦乱は「戊辰(ぼしん)の役」(1868年)と呼ばれるように、干支は使われてきました。

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