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六曜

現在では、暦のお日柄、すなわち暦注といえば「六曜」が主役です。「六輝(ろっき)」(あるいは「六曜星」「六輝星」)とも呼ばれています。六曜自体の起源はよく分かっていませんが、もともとは中国で行なわれていた「六壬時課(りくじんじか)」と呼ばれる時刻占いの一種でした。 これは一日を12刻に分け、ある日の最初の一刻を大安、次の一刻を留連、次を速喜、次を赤口、次を小吉、最後を空亡とするもので、その次の日は、第一刻を留連から始めるというものです。 この六壬時課が日本の室町時代に伝えられ、江戸時代後半になって、日の占いに変化し、名称や順序も次第に今日の先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口となりました。 香港などで売られている暦には、今日でも六壬時課が掲載されています。

九星

九星とは、人間の運勢や吉凶の判断に用いられる九つの星のことです。一白(いっぱく)、二黒(じこく)、三碧(さんぺき)、四緑(しろく)、五黄(ごおう)、六白(ろっぱく)、七赤(しちせき)、八白(はっぱく)、九紫(きゅうし)の9つからなりますが、現実の天体の星とは関係ありません。また、他の暦注のように、万人に等しくその日のお日柄や吉凶を教えるものではなく、一人一人の生年月日によって吉凶が別々になるという特長があります。つまり、九星をみる場合は、まず自分が何の星かを知らなければなりません。西洋の星占いと同じ性質のものです。一から九までの数字に、白、黒、碧、緑、赤、紫の7色と、木、火、土、金、水の五行を配当したものが各人の星である九星(本命星ともいう)です。九星による吉凶判断は近年盛んであるが、江戸時代までの暦本に九星は記載されておらず、明治より、暦や本に記載されるようになった。こういうところから、九星の基本的なルールが実は決まっておらず、暦本によって記載内容に異同がある。

十干 (じっかん)

十干とは甲(こう、きのえ)・乙(おつ、きのと)・丙(へい、ひのえ)・丁(てい、ひのと)・戊(ぼ、つちのえ)・己(き、つちのと)・庚(こう、かのえ)・辛(しん、かのと)・壬(じん、みずのえ)・癸(き、みずのと)の総称で、もともとは日の順序を示すための符号だったと考えられています。1ヶ月を上旬・中旬・下旬の3つに分けた場合の、一旬(十日間)の一日一日を示す数詞でした。第一日目を甲、二日目を乙…と数えていくために用いられていたわけです。十という数字は物事を分割するのに都合が良いので、十干は大変便利だったことでしょう。

十二支 (じゅうにし)

子(し)・丑(ちゅう)・寅(いん)・・・という十二支は、今から三千年以上も昔の中国の殷(いん)王朝の時代に、すでに用いられていました。その頃は1,2,3・・・という数字を使うのと同じように、物ごとを分類するときの記号として使われており、動物を表すものではありませんでした。数百年の後に、子、丑、寅・・・では覚えにくいため、子を鼠(ねずみ)、丑を牛、寅を虎にあてはめるようになったのです。 十二支の古い書体を見ると、卯と兎の耳、巳と蛇のとぐろを巻いた姿など、かたちが似ているものもあります。

十二直

十二直は日々の吉凶を見るためのもので、日本で最も古く飛鳥時代から用いられていた暦注です。近年までは六曜以上に信じられ、日々の吉凶を見る上で最も重視されていました。建、除、満、平、定、執、破、危、成、収、開、閉のことですが、もともとは北斗七星の柄の方位からきたものです。古代中国では、北極星を中心に一日一回転する北斗七星が12等分されて、時刻、日、季節を判別するのに用いられていました。それが発展して十二直という日々の吉凶を占うものになったのです。現在でもこれを利用している人は多いようです。

二十八宿

二十八宿とは、太陽が天球上を運行する黄道上にそって一周天を28の星座に分割したもので、もとは古代中国の星座です。月の天球上の位置を示すために用いられた、純天文学的なものでした。それが中国からインドに渡り日の吉凶を知るために用いられ、唐時代には七曜と共に「宿曜」として中国に逆輸入され、やがて日本に紹介されました。 八世紀初頭の貴人の墓と言われる高松塚古墳の壁画に二十八宿が描かれており、かなり以前から日本に伝えられていたとも推定されます。 「あるお寺からもらった暦に記載されている二十八宿と、本屋さんで買った暦の二十八宿とが違っていた。どちらが正しいのか。」という疑問を持った人は多いでしょう。 よく注意して見ると、川崎大師さんなど、いくつかのお寺のものには「二十七宿」となっていて、牛宿がありません。 これは古い方法の繰り方で、毎年旧暦の正月1日は室宿、2月1日は奎宿と決まっています。それに対して、一般の暦は「二十八宿」となっていて、無限に循環しています。この方法は貞享の改暦(1685)以後用いられています。

三りんぼう

大安・友引などの六曜とともに、現在でも民間に根強く生きている暦注です。「三隣亡」という文字から、この日に棟上げ・建築を行うと三軒隣まで焼き滅ぼすと言われます。しかし江戸時代の古い雑書などには「三輪宝」と記されており、「屋立てよし」「蔵立てよし」と注記してあるので、もともとはめでたい日であったものが、いつ頃からか悪い日に変わっていったと考えられます。このようにもともと由緒のはっきりしない暦注ですが、六曜とともに幕末に庶民の間で次第に流行していき、現在ではどの暦を見てもだいたい記載されています。

七曜

七曜とは、七つの星である日、月、木星、火星、土星、金星、水星の総称で、これを用いて吉凶を占うことです。今日ではこの七曜名を暦に用い、一週間に割り当てた曜日名として日常生活に欠かせないものとなっています。 日本に7日の週日が伝えられたのは意外に古く、平安時代のはじめの大同元年(西暦806)に弘法大師空海が唐から帰国した際、『宿曜経』を持ち帰ったことによります。 このお経には「二十八宿」と「七曜」の組合せによって、人の運勢を占う術が書いてありました。つまり、一種の占星術で、この宿曜術(宿曜道)は平安時代から鎌倉時代にかけて貴族達の間で流行しました。 日(密・蜜とも書かれました)・月・火・水・木・金・土は、平安時代以降の暦に必ず記載されました。 興味深いことに、日本の暦に書かれた曜日と、当時ヨーロッパで使用されていた曜日とが1日も喰違うことがなく、千年以上も続きました。

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